ここまでの記事では、「正しい学習」についてかなり書いてきました。
自分に合った教材を使う。高すぎる問題で足踏みしない。できる人の勉強法をそのまま真似しない。自分の現在地をきちんと見て、一段ずつ実力を上げる。
大学受験で結果を出すことだけを考えるなら、私はこの考え方でいいと思っています。
でも、ここまで書いてきて、もっと根本的なことも書いておきたくなりました。
そもそも、受験勉強をすること自体が正しいのでしょうか。
もっと言えば、なぜ大学に行くのでしょうか。
全員が大学を目指す必要はあるのか
今の日本では、高校へ行き、受験勉強をして、大学へ行き、就職するという流れがかなり当たり前になっています。
大学で何を学びたいかは決まっていない。将来何になりたいかも分からない。その仕事に大卒資格が必要なのかも分からない。それでも「とりあえず大学には行く」となる。
私は、これにはかなり違和感があります。
大学へ行く人がいていいし、大学へ行かない人がいてもいい。職人になる人がいてもいい。高校を卒業してすぐ働く人がいてもいい。自分で商売を始めてもいい。
それぞれ違う方向へ進む方が、むしろ自然ではないでしょうか。
私が今高校生だったら、大学受験をしないかもしれない
私は生徒に時々、「もし今、先生が君たちと同じ高校生だったら、大学受験をしないかもしれない」と話します。
私は寿司が大好物です。毎日寿司でも飽きませんし、料理も嫌いではありません。だから、例えば寿司職人になる。本気で寿司を学び、英語だけは徹底的に勉強する。そのうえで海外へ行って寿司を売る。
別に寿司でなくてもいい。電気工事士の資格を取る。内装や壁紙施工などの技術を身につける。腕を上げ、集客についても学んで独立する。
その人生に、高い学歴は絶対に必要でしょうか。
私はそうは思いません。
大学に4年間通う時間とお金を使って、別の能力を身につける人生があってもいい。
でも、「勉強しなくていい」とは全く思わない
ここはかなり重要です。
大学に行かなくてもいい=勉強しなくてもいい。
これは全く違います。
むしろ私は、どんな仕事をするにしても「勉強できる人」であることはかなり重要だと思っています。
ただし、ここでいう勉強とは受験勉強だけではありません。
私が考える「勉強できる人」は、新しいことを学んで、自分を更新し続けられる人です。
寿司職人なら、魚について学ぶ。握り方を工夫する。温度を変えてみる。うまくいかなければ原因を考える。上手な人を見る。そして自分のやり方を変える。
これも完全に勉強です。
以前の記事で、「学習とは、その経験によって次の自分が変わること」だと書きました。
これは数学だけの話ではありません。
仕事でも同じです。知らないことを知る。試してみる。失敗する。原因を考える。次は変える。
このサイクルを回せる人は、どんな世界へ行っても伸びます。
だから勉強すること自体は、ものすごく大切です。
ただ、それが受験勉強である必要はない。
ここは分けて考えた方がいいと思っています。
学歴は便利。でも、人生の目的ではない
私は学歴を否定していません。
むしろ、かなり便利なものだと思っています。
何をしたいかまだ決まっていない。将来の選択肢を残したい。なるべく安定した道を取りたい。
そういう人にとって、学歴はかなり優秀な道具です。
私は学歴を、人生を比較的無難に進めるための安全装置くらいに考えています。
特にやりたいことがない高校生なら、「とりあえず勉強しておけ」というのも全然間違っていません。
でも、安全装置を持つこと自体が人生の目的ではありません。
大学も学歴も、人生を良くするための手段です。
だから私は、
勉強することは大切。でも、受験勉強することが絶対に正しいわけではない。
と思っています。
では、受験勉強だけが学校へ行く理由ではないとするなら、そもそも学校は何のためにあるのでしょうか。

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