前回の記事では、「学歴はあった方がいい」という話をしました。
学歴があれば、就職や転職など、人生のさまざまな場面で有利になることがあります。
ただし、私は学歴を得ることが、勉強する一番の目的だとは思っていません。
以前、「学校に行く意味」について書いた記事でも触れましたが、学校で学ぶことは教科の勉強だけではありません。部活動や友人関係、社会経験なども、立派な勉強だと思っています。
では、数学や英語といった学業そのものには、どのような価値があるのでしょうか。
そもそも、なぜ学校で勉強するのか
学校では、国語、数学、英語、理科、社会など、さまざまな科目を勉強します。
それぞれの科目には、もちろん学ぶ理由があります。
例えば数学なら、単に計算や公式を覚えるだけでなく、条件を整理し、物事を論理的に考える力を養うことができます。
国語なら、社会人としての基礎である、文章を正確に読み取り、自分の考えを言葉にする力。また、古典や文学を通して、昔の人々の考え方や文化からさまざまなことを学ぶこと。
英語は言うまでもなく、グローバル化が進む現代では、その価値は非常に大きいでしょう。
理科なら、身の回りの現象がなぜ起こるのかを考え、自然界の仕組みを理解すること。社会なら、歴史や政治、経済などを学び、現代社会の成り立ちを理解すること。
他にも、学ぶ理由はいくらでもあります。
そして、もう一つ大切なのが、さまざまな科目を学ぶことで、自分の適性や興味を見つけられることです。
そもそも、何も知らないものに興味を持つのは難しいでしょう。物理を学んだことがなければ、物理の面白さに気づく機会すらないかもしれません。
だからこそ、学校では幅広い科目を学ぶ意味があるのだと思います。
ただ、ここで一つ疑問があります。
学校で勉強した内容って、大人になったらほとんど忘れてしまいませんか?
数学の公式も、歴史上の細かな出来事も、英単語も、使わなければどんどん忘れていきます。
では、どうせ忘れてしまうのに、なぜ勉強するのでしょうか。
もちろん、勉強する過程で身についた考え方や知識が、将来役に立つこともあるでしょう。忘れたと思っていたことが、何かの拍子に役立つこともあります。
でも、私はそれ以外にも、非常に大切な理由があると思っています。
大人になってからも勉強できる人間になる
私は授業中、生徒によく「勉強しなさい」と言います。
ただし、それは単純に「良い大学に行くため」ではありません。
もちろん、それも大切な理由の一つです。でも、私にとっては付随的な効果に近いものです。
もっと大切だと思っていることがあります。
それは、大人になってからも勉強できる人間になることです。
今の時代、一度学校を卒業したら勉強は終わり、というわけにはいきません。
仕事で新しい知識を身につけたり、知らないことを調べたり、新しい技術に対応したり。社会や技術がどんどん変化していく以上、大人になってからも学び続ける必要があります。
ところが、学生時代にほとんど勉強してこなかった人が、大人になって突然勉強を始めるのは、なかなか大変だと思うのです。
勉強する習慣がない。長時間集中できない。分からないことがあっても、粘り強く考え続けられない。
もちろん、大人になってからでも、こうした力を身につけることはできます。
ただ、学生時代から経験を積んでおけば、その分だけ楽になるのではないでしょうか。
運動も似たようなものだと思っています。
学生時代から運動する習慣があった人と、ほとんど運動してこなかった人では、大人になって運動を始めるときの心理的なハードルも違うでしょう。
勉強にも、同じような側面があると思うのです。
私が中学受験で得たもの
私自身、中学受験のときには相当集中して勉強していました。
今になって思うのですが、あの経験は非常に大きかったと思っています。
というのも、私は今でも、何かに集中しようと思えば、すぐに集中できるのです。
何かに取り組むと決めたら、すぐに集中する。そのための準備が、いつでもできているような感覚です。
もちろん、いつでも最高の集中力を発揮できるという意味ではありません。
ただ、集中して物事に取り組むということ自体に、あまり抵抗がありません。
これは、中学受験の頃から何度も集中して勉強してきた経験が、少なからず影響しているのではないかと思っています。
中学受験で得たものは、合格した学校だけではありません。
長時間考えることや、集中して努力することに慣れた。その経験自体が、今でも役に立っているのです。
そして、もう一つ重要なのが、勉強のやり方を身につけられたことです。
分からないことがあったら、調べる。考える。それでも分からなければ、誰かに聞く。理解できたら、今度は自分でできるようになるまで練習する。
こうしたことを繰り返しているうちに、新しいことを学ぶという行為そのものに慣れていきます。
数学の公式を忘れても、勉強した経験まで消えてしまうわけではありません。
私は、こうした経験を学生時代に積んでおくことが、大人になってからの大きな財産になると思っています。
部活でもゲームでもいい。でも、学校の勉強もしてほしい
ここまで勉強の重要性を話してきましたが、私は生徒が高校生活を勉強だけに費やす必要はないと思っています。
部活動に全力で取り組んでもいい。趣味に没頭してもいい。極端な話、ゲームに本気で取り組むことだって、そこから学ぶものがあるなら価値はあるでしょう。
何かに本気で取り組み、試行錯誤する経験は、それ自体に意味があると思っています。
ただ、その一方で、学校の授業くらいは真面目に受けてほしい。定期テストの勉強くらいは頑張ってほしい。
そうも思っています。
別に、全員が難関大学を目指す必要はありません。定期テストで常に高得点を取れと言いたいわけでもありません。
でも、好きなことばかりやって、苦手なことや面倒なことから逃げ続けてしまうのは、少しもったいないと思うのです。
大人になれば、興味のないことや苦手なことも勉強しなければならない場面があります。
そんなときに、分からないから諦めるのではなく、自分で調べ、考え、少しずつ理解できるようにしていく。
そうした経験を、学生時代に積んでほしいのです。
勉強した内容の多くは、いずれ忘れてしまうかもしれません。
でも、勉強することで身につけた習慣や、集中して考え続けた経験は、大人になってからも役に立つと思っています。
だからこそ、私は生徒に勉強してほしいのです。
良い大学に入るためだけではなく、大人になっても自分で学び続けられる人間になってほしい。
私は、学生時代の学業には、そういう価値もあると思っています。

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