前回、数研出版の数学副教材よりも優秀だと思う、他社の問題集を紹介しました。
私は、クリアー、4プロセス、4STEP、サクシードのいずれについても、他社に上位互換と呼べる教材が存在すると考えています。
では、なぜ数研出版の問題集は、多くの学校で採用されているのでしょうか。
もちろん、学校によって事情は違うでしょう。しかし、私自身も学校で数学を教えているので、いくつか心当たりがあります。
その中でも大きな理由の一つが、教師自身が数研出版の問題集で育ってきたことだと思っています。
数研出版が当たり前だった時代
現在の数学教師の中には、20年、30年前に高校生だった人が大勢います。
そして、当時の数学教材の事情は、今とはかなり違いました。
当時は、数研出版が非常に強い時代でした。
数研出版の採択率は7~8割に達していたと聞いたことがあります。
また、当時は、今ほど優秀な問題集が数多く揃っていたわけではありません。
数研出版の問題集をはじめ、狭い紙面に問題がびっしりと並び、解説の途中式や考え方が省略されている。そうした教材がごく普通に使われていました。
当時、大学受験の参考書といえば、東京出版の『大学への数学』シリーズが圧倒的な存在感を持っていました。『1対1対応の演習』なども含めて、まさに「受験数学ならこれ」という時代です。
そうした教材も含めて、ある程度の数学力を持つ人が、足りない説明を自分で補いながら勉強することが珍しくありませんでした。
つまり、現在の教師の多くは、そもそも数研出版に似た問題集を使うことが当たり前だった時代に育っているのです。当然私もその一人です。
だから、教師になってからも数研出版の問題集を使う。
これは、ある意味では自然なことだと思います。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
自分ができたから、生徒もできると思ってしまう
数学教師になる人は、基本的に数学が得意だった人たちです。
数研出版の問題集を使い、解答を読み、難しい問題を解けるようになった。
だからこそ、数研出版の問題集を優秀だと感じるのでしょう。
しかし、それは本当に問題集が優秀だったからなのでしょうか。
同じ問題集を使っていた生徒の中には、解答を理解できなかった人もいるはずです。問題量についていけず、途中で挫折した人もいるでしょう。
ところが、数学教師になった人は、その中でも数学の学習に成功した側の人間です。
つまり、成功した人の経験だけを基準に、教材の良し悪しを判断してしまう。
いわゆる生存者バイアスです。
数学が得意な人は、問題集に多少の欠点があっても、自分の能力で補えてしまいます。
解説が省略されていても理解できる。問題の難度が急激に上がっても、自分で不足している知識を補える。問題量が多くても、比較的短時間で終わらせられる。
そういう人にとっては、数研出版の問題集も十分に使える教材だったのかもしれません。
しかし、それは問題集の完成度が高かったことを意味するわけではありません。
私は以前から、数学の問題集には適切な高さの「階段」が必要だと書いています。
教師にとっては簡単に飛び越えられる段差でも、数学が苦手な生徒には到底飛び越えられないことがあります。
そして、現在は20年、30年前とは違います。
本を読む生徒が減り、紙面びっしりと解答が書かれているものを嫌う生徒は多いです。その状況で、他社からは解説が丁寧で、レイアウトが綺麗で、問題量や難度の調整が優れた教材が発売されています。
それなのに、自分が高校生だった頃の経験を基準に、数研出版の問題集を選び続ける。
私は、そこに問題があると思っています。
自分がその問題集で数学を学べたことと、今の生徒にその問題集が最適であることは、まったく別の話なのです。
数研出版は教師にとって非常に使いやすい
もう一つの理由として考えられるのが、教師にとっての使いやすさです。
ここは誤解してほしくないのですが、私は数研出版という出版社そのものを低く評価しているわけではありません。
むしろ、教師向けの教材やサービスについては、最高評価をしています。
例えば、数研出版には『Studyaid D.B.』という教材作成ソフトがあります。
問題データベースから必要な問題を検索し、授業用のプリントや定期試験を作成できるソフトです。
数学の問題には数式や図形が多く、綺麗なプリントを一から作るのはかなり大変です。その点、こうした教材作成ソフトは非常に便利です。
教科書や指導用教材、デジタル教材なども含めて、数研出版は教師にとって使いやすい出版社だと思います。
しかし、ここで一つ疑問があります。
だからといって、生徒に使わせる問題集まで数研出版にする必要があるのでしょうか。
数研出版の教科書を採用する。Studyaid D.B.も契約する。教師はそれを使って授業プリントや試験を作成する。
しかし、生徒に配る傍用問題集だけは、他社のものを採用する。
これでいいと思うのです。
Studyaid D.B.は、それ自体を購入して利用できる教材作成ソフトです。生徒用の問題集を他社に変更したからといって、使えなくなるわけではありません。
つまり、教師側の環境はそのままにして、生徒用の問題集だけを変更することもできるのです。
何も、すべてを数研出版に揃える必要はありません。
教師向けのソフトが優秀であることと、生徒向けの問題集が優秀であることは、別の話です。
私は、そこを分けて考えるべきだと思っています。
教科書と問題番号が対応しているから?
同じ出版社の問題集を採用する理由として、もう一つ挙げられるものがあります。
それは、教科書との対応です。
数研出版の傍用問題集には、教科書のページや問題番号との対応が分かるように作られているものがあります。
確かに、同じ出版社の教科書と問題集を使用すれば、授業との対応を確認しやすいでしょう。
しかし、それは本当に、それほど重要なことでしょうか。
教科書の問題番号と対応していなければ、勉強ができないわけではありません。
他社の問題集でも、学習指導要領に沿って同じ数学の内容を扱っています。教師が授業内容に応じて問題を指定すれば、それで済む話でもあります。
もちろん、教科書との対応が便利であることは否定しません。
ただ、私が問題にしているのは、その便利さが、問題集そのものの品質よりも重要なのかということです。
問題量は適切なのか。解説は分かりやすいのか。問題の難度は無理なく上がっていくのか。
こうしたことよりも、教科書の問題番号と対応していることを優先するのでしょうか。
少なくとも私は、そこまで重要な機能だとは思っていません。
「多くの学校で採用されている」という便利な理由
そして、もう一つ考えられる理由があります。
これはあくまで私の推測ですが、多くの学校で採用されているという事実そのものが、数研出版を選ぶ理由になっている可能性です。
例えば、教材選定について「なぜその問題集を選んだのですか」と聞かれたとします。
そのときに、
「多くの学校で採用されている、実績のある問題集だからです」
と説明すれば、それなりにもっともらしい理由になります。
あまり知られていない他社の教材を採用するよりも、周囲に説明しやすいでしょう。
しかし、私はこの考え方を評価していません。
売れていることと、優秀であることは別です。
数研出版の問題集が広く使われているとしても、それは問題集の品質だけが理由とは限りません。
昔から数研出版を使ってきた教師が多いからかもしれません。教師にとって便利な教材が揃っているからかもしれません。
そうした理由で採用され続けているのであれば、採用実績が多いことは、問題集そのものが優秀であることの証明にはなりません。
もちろん、本当に優秀だからこそ、多くの学校で採用されている可能性もあります。
しかし、それを判断するには、結局のところ他社の教材と比較する必要があります。
さらに気になるのは、教材を選んだあとに、その教材を使い続けるための理由を探してしまうことです。
教科書と対応しているから。多くの学校で採用されているから。昔から使っているから。
そうした理由をいくら並べても、生徒にとって使いやすい問題集であることの証明にはなりません。
教材を選ぶために比較しているのか。それとも、すでに選んだ教材を使い続けるために理由を探しているのか。
私は、この違いは非常に大きいと思っています。
公立高校と私立高校では、教材の選び方も違う?
以前、ある出版社の担当者から、興味深い話を聞いたことがあります。
それは、数研出版の問題集は、私立高校よりも公立高校の方が採用されやすいという話です。
私は全国の採用状況を調査したわけではないので、実際にどれほどの差があるのかは分かりません。
ただ、その担当者の話を聞いて、理由には納得できる部分がありました。
一つは、教師の忙しさです。
公立高校の教師は、授業以外にも多くの業務を抱えています。
そのような状況では、他社の問題集を一冊ずつ比較したり、長年使ってきた教材を変更したりすることが難しくなります。
それなら、昔から使っている数研出版の問題集をそのまま採用する。
授業での使い方も分かっているし、過去のプリントや課題も流用できる。担当者が変わっても引き継ぎやすい。
しかも、採用理由を聞かれたら「多くの学校で使われている定番の教材だから」と説明できます。
こうした事情から、従来の教材を使い続ける方向に傾きやすいのではないでしょうか。
ただ、忙しさだけが理由ではないと思います。私立高校の教師も、学校によっては相当忙しいからです。
もう一つ考えられるのは、教材を変更することへの動機の違いです。
公立高校の場合、教材を見直すために多くの時間をかけても、その成果が学校の評価にどの程度反映されるのか、見えにくい場合があります。
一方、私立高校には、少し違う事情があります。
私立高校の場合、大学の合格実績や生徒の学力向上が、学校の評判や生徒募集にも影響します。
そのため、従来の教材を使い続けるよりも、優秀な教材を採用して生徒の成績を伸ばす方が、学校にとっても利益になるわけです。
もちろん、教材を変更しただけで合格実績が上がるわけではありません。しかし、少しでも良い教育を提供しようとする動機は、比較的強く働くのではないでしょうか。
つまり、公立と私立では、単に教師の忙しさが違うというだけでなく、教材を変更する手間と、その変更によって得られる利益の関係も異なる可能性があるのです。
もちろん、公立高校でも熱心に教材を比較している学校はあるでしょうし、私立高校でも長年同じ問題集を使い続けている学校はあります。
公立と私立のどちらが優秀か、という話をしたいわけではありません。
ただ、教材を選ぶときに何を優先しやすいのかは、学校の置かれた環境によって変わるのだと思います。
そして、本来であれば、学校の事情にかかわらず、生徒にとって適切な教材を選んでほしいと考えています。
問題集を比較しても、なかなか話が通じない
私自身、他の教師と問題集について意見が分かれたことがあります。
もちろん、教材の評価には個人差があります。教師によって重視する問題や難度が違うのも当然です。
しかし、私は単なる好みだけで問題集を評価しているわけではありません。
問題と問題の間に大きな難度差がないか。解説に必要な説明が書かれているか。問題量は適切か。紙面のレイアウトは読みやすいか。
そうした点について、実際の問題や解答を比較しながら説明することがあります。
それでも、「それは個人的な感性でしょう」といった反応をされることがあります。
もちろん、私の評価が必ず正しいとは思っていません。
しかし、個人的な感性という一言で片づけてしまったら、教材の良し悪しを比較すること自体ができなくなってしまいます。
例えば、同じ難度の問題を扱っていても、解説の途中式が省略されている問題集と、必要な考え方まで丁寧に説明されている問題集があったとします。
その違いは、単なる好みなのでしょうか。
対象となる生徒によって、必要な解説の量は変わります。だから、丁寧なら何でも良いという話ではありません。
しかし、少なくとも、どちらが目の前の生徒に適しているのかは検討するべきです。
私は、そうした比較を十分に行わずに、慣れ親しんだ教材を使い続けることに疑問を感じています。
教師のためではなく、生徒のための教材を
ここまで、数研出版の傍用問題集が学校で採用される理由について考えてきました。
もちろん、すべての学校が、今回挙げたような理由で数研出版を採用しているとは思っていません。
数研出版の問題集を他社と比較したうえで、自分の学校の生徒に適していると判断するのであれば、それは一つの選択です。
また、私は数研出版の教材すべてを評価していないわけではありません。
以前も書きましたが、『重要問題集』のように、非常に高く評価している教材もあります。
ただ、今まで使ってきたから、教師にとって便利だから、多くの学校が使っているから。
そうした理由だけで教材を選んでしまうことには、どうしても納得できません。
20年、30年前と比べれば、今はもっと多くの選択肢があります。
自分が高校生だった頃には存在しなかった、あるいは当時よりずっと優秀になった問題集もあります。
それなら、過去の成功体験にこだわるのではなく、現在の教材を比較するべきでしょう。
そもそも、副教材は教師が勉強するためのものではありません。
毎日のように問題集を開き、解答を読み、できなかった問題を繰り返すのは生徒です。
その生徒が、自分の力で理解し、無理なく学力を身につけられるのか。
そこを基準に教材を選んでほしいと思っています。
教師のための問題集ではなく、生徒のための問題集を選ぶ。
私は、それが教材選定の基本だと思っています。

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