高校生活は受験のためにあるのか――「自由に過ごす」の本当の意味

前回、教育熱心であることと、子どもが幸せに生きることは同じではないと書きました。

では、実際に高校生活をどう過ごせばいいのでしょうか。私の考えは、かなり単純です。

何かに本気で取り組んでいるのであれば、高校生活はもっと自由に過ごしていいと思っています。

目次

「自由に過ごす」と「ただ時間を潰す」は違う

ただし、「自由に過ごす」と「ただ時間を潰す」は全く違います。

毎日なんとなくゲームをして、なんとなく動画を見て、なんとなく友達と話して、気づいたら一日が終わった。私はそれを「高校生活を楽しんでいる」とはあまり思いません。それなら普通に勉強した方がいい。

一方で、本当にゲームが好きで、大会で勝ちたい。どうすれば上手くなるのかを考え、仲間と話し合い、負けた原因を振り返り、また練習する。それなら、私は全然いいと思っています。

実際、学校の部活を見ていても思うことがあります。例えばeスポーツをやる部活なのに、集まってゲームをして、負けたらまた次の試合をする。それを延々と繰り返している。

なぜ負けたのか。どうすれば強くなるのか。次は何を変えるのか。そういう話がほとんどない。

もちろん楽しむことは大切です。でも、大会を目指して部活動としてやるのであれば、私は少し違うと思っています。

一戦やった。負けた。また次をやった。それでは、以前の記事で書いた「足踏み」と同じです。

経験によって次の自分が変わっているか

大切なのは、その経験によって次の自分が変わっているのかどうかです。これは勉強だけの話ではありません。部活でも、ゲームでも、趣味でも同じです。

自分なりに考えて、工夫して、失敗して、またやってみる。そうやって何かに本気で取り組んでいるのであれば、それは十分に学びだと思っています。

だから、高校3年生まで部活をやりたいのであれば、やればいい。文化祭を本気でやりたいなら、やればいい。何か作りたいものがあるなら、作ればいい。ゲームでも、それを本気でやりたいならやればいい。

高校生活を大学受験だけのために使う必要はないと思っています。

ただし、「好きなことをやっていい」と「何もしなくていい」は違います。何かに力を注いでいるわけでもなく、ただ時間を潰しているだけなら、私は親が「それなら勉強しなさい」と言ってもいいと思っています。

高校生活は有限です。せっかく時間があるのだから、何かをやった方がいい。それが勉強でもいい。部活でもいい。趣味でもいい。大事なのは、自分の時間を自分なりに使っていることだと思います。

それでも大学受験に間に合わなかったら

では、高校3年生まで部活に全力を出して、大学受験に間に合わなかったらどうするのか。

行きたい大学には届かなかった。でも、まだそこへ行きたい。

私は、それならそのあとに勉強すればいいと思っています。

高校生活を全部受験のために使わなくても、大学を目指す方法はあります。ただし、これは誰にでも勧めたいわけではありません。

「何となく大学へ行きたい」という人が、何となくもう一年使う。それでは、ただ時間が一年延びるだけです。

では、どんな人ならその一年を使う意味があるのか。そして、その一年には受験勉強以外にどんな価値があるのか。

次回は、そこについて書いてみます。

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この記事を書いた人

開成中学・高校を経て東京大学へ進学。現在は高校教員として数学・物理を中心に教え、進路指導も担当。

指導の中心は偏差値50前後の生徒ですが、これまで偏差値30程度から70程度まで、幅広い学力層の生徒を指導してきました。通常の授業に加え、希望者向けの応用授業も担当しています。

大切にしているのは、生徒個人に合った勉強法や教材を考えることです。

※このブログは所属先とは関係のない個人ブログです。

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