以前、「教師は生徒より偉いのか――私が生徒を一人の人間として尊重する理由」という記事で、私が生徒との関係で大切にしていることについて書きました。
今回は、教師と生徒の信頼関係について、もう少し掘り下げてみようと思います。
教師と生徒の信頼関係は大切だ。こんなことは誰でも言うでしょう。
でも、なぜ大切なのでしょうか。
生徒が教師の言うことを聞かなくなるから? 授業や学級経営が難しくなるから?
もちろん、それもあります。
ただ、私が特に問題だと思っているのは、教師が信頼を失った結果、最終的に生徒自身が損をすることがあるという点です。
生徒に謝れない教師
教師も人間ですから、当然間違えることがあります。
そんなとき、生徒から間違いを指摘されたらどうするのか。
私なら、間違っていたことを確認したうえで普通に謝ります。
ところが、世の中にはそれができない教師もいるんですよね。
実際、私の周囲にも、自分の非を生徒から指摘されても、なかなか認めようとしない教師がいます。
なぜ謝れないのかは分かりません。教師としての権威を守りたいのかもしれませんし、単純に自分の間違いを認めるのが苦手なのかもしれません。
ただ、そういう教師を見ていると、生徒との信頼関係を十分に築けていないように感じることがあります。
自分が間違っていても認めない人間を、皆さんは信用できるでしょうか。
教師が間違えること自体は、別に大きな問題ではありません。問題なのは、間違いを認めないことです。
そして、これは単に教師が生徒から嫌われるという話では終わりません。
信頼を失うと、正しい指導すら届かなくなる
例えば、進路指導です。
進路指導では、志望校の難易度や現在の学力、勉強方法の問題点など、生徒にとって耳の痛い話をすることもあります。
もちろん、教師の意見がいつも正しいとは限りません。でも、経験や知識をもとに、生徒のためを思って的確な助言をすることも当然あります。
ところが、その教師が生徒から全く信頼されていなかったら、どうなるでしょうか。
「あの先生の言うことなんて聞きたくない」
そう思われた時点で、助言の内容が正しいかどうかすら検討してもらえなくなることがあります。
ひどい場合には、もともと生徒自身も同じように考えていたのに、嫌いな教師から言われたことで、わざわざ逆の行動を取ることすらあります。
本当は勉強方法を変えた方がいいのに、話を聞かない。志望校について重要な助言をしているのに、最初から拒絶してしまう。
その結果、受験で失敗する。
こういうことは、実際の教育現場でも起こり得る話です。
そして、これは受験に限った話ではありません。
例えば、礼儀や他人への配慮について指導したときも同じです。
本当は生徒自身も何が正しいのか分かっている。それなのに、「あの先生に言われたからやりたくない」「あの先生の言うことなんて聞きたくない」と、わざと反抗的な態度を取ってしまうことがあります。
以前の記事で紹介した生徒も、私と話し合ったことをきっかけに、それまでの反抗的な態度が変わっていきました。
もちろん、生徒が反抗する理由はさまざまで、すべてが教師との信頼関係の問題とは限りません。ただ、信頼関係を築けていないことが、その原因になっている場合もあると思います。
本来なら身につけられたはずの礼儀や、他人を尊重する姿勢まで、教師への反発によって身につかなくなってしまう。
これも、信頼関係を失うことの怖さだと思っています。
つまり、教師が信頼を失ったことによって、最終的に損をするのは生徒自身なのです。
もちろん、生徒自身も、誰が言ったかではなく、何を言ったかで判断できるのが理想です。ただ、それをすべての生徒に求めるのは難しいでしょう。
だからこそ教師には、正しい指導をするだけでなく、その指導を生徒が受け入れられるだけの信頼関係を築くことも求められるのだと思います。
生徒と仲が良ければ、信頼されているのか
では、生徒と仲良くすれば信頼関係を築けるのでしょうか。
中学校の教師の中には、生徒に自分のことをあだ名で呼ばせて、友達のような関係を築こうとする人がいます。
別に、私はその方法自体が悪いとは思いません。生徒との距離が縮まって、相談しやすくなることもあるでしょう。
ただ、私が知っている教師の中には、そのような接し方をしているものの、生徒から信頼されているとは言い難い人もいます。
例えば、いじめの相談を受けたとき。
生徒が勇気を出して相談しているのに、友達のような感覚で軽く受け取ってしまったら、どうなるでしょうか。
普段は友達のように接してくれるのに、本当に困ったときには助けてくれない。
そんな経験をしたら、その教師にもう相談しようとは思わなくなるかもしれません。
実際、私の周囲でも、生徒からの相談に十分に対応できず、結果として信頼を失ってしまうような事例を見てきました。しかも、似たような問題が繰り返されることさえあります。
これは恐ろしい話だと思います。
もちろん、あだ名で呼ばせることが悪いわけではありませんし、いじめも単純に厳しく叱れば解決するものではありません。
大切なのは、生徒の話を真剣に聞き、必要なときには教師として責任を持って対応することです。
生徒と仲が良いことと、生徒から信頼されていることは、必ずしも同じではありません。
信頼関係を築くことも、教師の仕事である
ここまで、二つの例を挙げました。
一つは、自分の間違いを認められない教師。もう一つは、生徒との距離を縮めているものの、必要なときに十分な対応ができない教師。
一見正反対ですが、どちらも生徒との信頼関係を失いかねないという点では共通しています。
結局、信頼関係というのは、教師としての権威を示したり、友達のように仲良くしたりするだけで築けるものではありません。
生徒の話を真剣に聞く。自分が間違っていれば謝る。必要なときには厳しく指導する。そして、生徒が本当に困っているときには、きちんと向き合う。
そうした日々の積み重ねが大切なのだと思います。
そして、信頼関係があるからこそ、生徒にとって耳の痛い話もできるのでしょう。
教師と生徒の信頼関係は、単に学校生活を円滑にするためのものではありません。
進路指導であれば、教師の助言が届かないことで受験に失敗するかもしれません。生活指導であれば、本来身につけられたはずの礼儀や他人への配慮が身につかなくなるかもしれません。また、生徒が困っていても相談できず、問題が深刻化することもあるでしょう。
もちろん、すべての生徒と信頼関係を築くのは難しいでしょう。
それでも教師は、信頼関係を失うことの危険性を理解しておく必要があると思います。
教師が生徒から信頼されていないというのは、単に「生徒に嫌われている先生がいる」という話ではありません。
その結果、生徒自身が不利益を受ける可能性がある。
私は、そこにこそ問題があると思っています。

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