学歴は必要なのか――頭の良さと学歴は別の話

学歴は必要なのか。

昔から何度も議論されている話ですが、私の答えは非常に単純です。

学歴は、あった方がいいに決まっています。

ただし、それは「学歴が高い人ほど頭がいいから」という理由ではありません。

私は、学歴と頭の良さは別のものだと思っています。

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学歴がない人は頭が悪いのか

世の中には、学歴が高い人は頭が良く、学歴が低い人は頭が悪いと考えている人がいます。学歴が低い人を馬鹿にする風潮すらあります。

いや、そんなわけないでしょう。

もちろん、学歴が高い人の方が、学力や知的能力に優れている場合は多いと思います。難関大学に入るためには、それなりの能力や努力が必要ですからね。

でも、それはあくまで傾向の話です。

学歴が高いから頭がいいとは限らないし、学歴が低いから頭が悪いとも限りません。

私自身、学歴とは関係なく、非常に頭がいいと感じた人を何人も知っています。

例えば、私は昔、ゲームセンターに入り浸っていた時期がありました。

そこで知り合った仲間が、本当に頭が良かったんですよね。

話をしていても、こちらが少し説明するだけですぐに理解する。物事の本質を捉えるのが速く、判断力も優れている。

「こいつ、本当に頭いいなあ」

そう思うことが何度もありました。

ところが、勉強については苦手意識を持っていました。

でも、私からすると、単に今まで勉強してこなかっただけではないかと思うのです。

勉強が分からなかったから、やらなくなった。そして自分は勉強が苦手だと思い込んでしまったのかもしれません。もちろん、単に勉強よりゲームの方が楽しくて、そちらに熱中していただけなのかもしれません。

本人の事情をすべて知っているわけではありません。ただ、少なくとも私が接していて感じた頭の良さと、本人が考えている学力への評価には、大きな差がありました。

もう一つ、身近な例があります。

私の妻です。

妻は、自分のことをあまり頭が良くないと卑下することがあります。

学生時代に十分勉強しなかったとか、数学から逃げてしまったとか、そんなことを理由に挙げるんですよね。

でも、私からすると、全然そんなことはありません。

むしろ、私よりよっぽど頭が良いと思っています。

それなのに、学生時代に勉強してこなかったことを、どこか負い目に感じている。

私は、それが非常にもったいないと思うのです。

そもそも、頭が良い、頭が悪いとは何でしょうか?

個人的には、思考の柔軟性と処理能力が大切だと思っています。頭の回転が速く、物事をさまざまな角度から考えられること。

一方、学歴から分かるのは、基本的には受験勉強で一定の成果を出したということです。

もちろん、それも能力の一つでしょう。勉強で成果を出せる人は、処理能力などにも優れている場合が多いと思います。

ただ、それだけで思考の柔軟性や判断力まで分かるわけではありません。

そもそも、勉強ができなかった原因は、本当に本人の能力だったのでしょうか。

勉強方法が合っていなかったのかもしれない。教わり方に問題があったのかもしれない。

これまでの記事でも何度も書いてきましたが、勉強ができない理由は、本人の能力だけでは説明できません。

それなのに、学生時代に勉強ができなかったという経験が、大人になってからの自己評価にまで影響してしまう。

教育に携わる立場として、これは考えさせられる話です。

それでも学歴はあった方がいい

さて、ここまで学歴と頭の良さは別だという話をしてきました。

では、学歴は必要ないのでしょうか。

私はそうは思いません。

学歴は、あった方が圧倒的に有利だと思っています。

理由は単純です。

人は、初めて会った相手の能力を正確に判断することができないからです。

例えば、企業が新卒採用をするとき。

応募してきた学生がどれほど優秀なのか、短い面接だけで完全に判断することはできません。

そこで、学歴が一つの判断材料になります。

難関大学を卒業しているのであれば、少なくとも受験勉強で一定の結果を出してきた人間だと分かります。

もちろん、それが仕事の能力を保証するわけではありません。

しかし、何も分からない相手を評価するうえで、学歴は分かりやすい材料なのです。

そして、これは就職活動だけの話ではありません。

転職するときにも、初対面の人と仕事をするときにも、学歴が評価に影響する場面はあるでしょう。

では、学歴が低い人はどうすればいいのでしょうか。

別に、実力で評価されればいいのです。

実際に仕事をしていれば、「この人は優秀だな」「この人になら任せられるな」と周囲が気づいてくれることもあるでしょう。

ただし、ここで一つ大きな問題があります。

実力を認めてもらうまでには、時間がかかるのです。

最初から一定の評価を受けている人と、実際に仕事をして能力を証明しなければならない人。

たとえ二人の能力が同じだったとしても、スタート地点で差がついてしまうことがあります。

しかも、その差は単なる評価だけでは終わりません。

最初から期待されている人には、重要な仕事を任せてもらえるかもしれません。その仕事で経験を積み、実績を作り、さらに評価される。

一方、能力があっても最初に評価されなかった人は、そもそも実力を示す機会を得るまでに時間がかかるかもしれません。

こうなると、後から実力が認められればすべて同じ、というわけにもいきませんよね。

学歴があると、人生の難易度が下がる

私は、学歴があることの最大の利点は、ここにあると思っています。

自分の能力を証明するために必要な時間や労力を、減らせる可能性がある。

これって、人生において非常に大きなメリットではないでしょうか。

学歴がなくても、最終的に高く評価される人はいるでしょう。でも、そこに到達するまでの時間や労力が違うかもしれません。

だったら、最初から有利な条件で始められる方が楽ですよね。

ゲームで例えるなら、学歴があることで人生の難易度が少し下がるようなものです。

学歴がなくてもクリアはできる。でも、最初からイージーモードで始められるなら、その方がいいじゃないですか。

だからこそ、私は生徒に、勉強できるうちは頑張ってほしいと思っています。

もちろん、学歴を得るために高校生活のすべてを犠牲にしろと言いたいわけではありません。

部活動でも、趣味でも、他に本気で取り組みたいことがあるなら、それも大切にしてほしい。

それでも、学歴が将来の選択肢を広げてくれる可能性があることは、知っておいてほしいのです。

そして、もう一つ。

すでに社会に出ている人が、自分の学歴を理由に能力を卑下する必要もありません。

学歴は、その人が学生時代に何をしてきたかを示す一つの材料にすぎません。その人の能力や、人間としての価値を決めるものではないのです。

学歴がないからといって、自分を低く評価する必要はない。でも、これから学歴を得られる立場なら、持っておいて損はない。

私は、そう考えています。

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この記事を書いた人

開成中学・高校を経て東京大学へ進学。現在は高校教員として数学・物理を中心に教え、進路指導も担当。

指導の中心は偏差値50前後の生徒ですが、これまで偏差値30程度から70程度まで、幅広い学力層の生徒を指導してきました。通常の授業に加え、希望者向けの応用授業も担当しています。

大切にしているのは、生徒個人に合った勉強法や教材を考えることです。

※このブログは所属先とは関係のない個人ブログです。

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