数学の問題集の選び方――自分に合う「階段の高さ」とは

前回の記事では、鉄緑会について、「教材そのものが圧倒的に優れているというより、最上位層に大量演習をさせる仕組みが、その層の性質と非常によく噛み合っている」と書きました。

では、そもそも良い教材とは何なのでしょうか。

私は、究極的にはかなり単純だと思っています。

その教材が想定している生徒のレベルと、実際にその教材を使う生徒のレベルが合っていること。

そして、その生徒が今いる場所から、着実に次の段階へ進める構成になっていること。

これが一番大切です。

逆に言えば、世の中には本当にどうしようもない問題集というのは、それほど多くありません。使う人と使うタイミングが合っていれば、使える教材はかなりあります。

問題なのは、「誰が、いつ使う教材なのか」がほとんど意識されていないことです。

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数学の勉強は、階段を一段ずつ登る

私は数学の勉強を、階段を登ることに近いと考えています。

1ができたら2へ進む。2ができたら3へ進む。3ができたら4へ進む。

一段一段は、別に高くなくていい。

新しい公式を知る。まずその公式をそのまま使えるようにする。少し形が変わっても使えるようにする。別の知識と組み合わせても使えるようにする。標準的な入試問題でも使えるようにする。

そうやって少しずつ積み上げていけば、最終的にはかなり高いところまで行けます。

問題なのは、

1→2→3と来て、突然8になることです。

そこで生徒は止まります。

私はこれを「足踏み」と考えています。

難しい問題に時間をかけることが、いつも正しいわけではない

難しい問題をじっくり考えること自体は悪くありません。ただし、それは今の自分より少し上にある問題だから意味があります。

今持っている知識を組み合わせれば届く。少し考えれば、新しい発想にたどり着ける。そういう問題なら、時間をかける価値があります。

でも、今の自分から何段も上にある問題は別です。

必要な基礎がまだ身についていない。使うべき解法もまだ知らない。その状態で30分、1時間と考えても、なかなか実力は増えません。

本人は頑張っています。でも、その場で足踏みしているだけです。

だったら、その壁の前で粘り続けるより、一つ前の段に戻って実力そのものを上げた方がいい。

数学では、この足踏みをできるだけ減らすことが重要だと思っています。

プラチカが悪い問題集なのではない

例えば、よく名前が挙がる「プラチカ」。

私は普通の高校生に簡単には勧めません。

ただ、プラチカそのものが悪い本なのかと言えば、そうではありません。あれは、基礎がかなり完成した生徒が、その次の段階として入試問題を練習するのであれば普通に成立します。

その生徒にとっては、ちょうど次の一段になるからです。

問題なのは、

「プラチカは良い問題集らしい」

「難関大学を受けるならプラチカをやった方がいいらしい」

という情報だけを聞いて、基礎が完成していない生徒まで始めてしまうことです。

その生徒にとっては、次の一段ではありません。

巨大な壁です。

「難関大を受けるから難しい問題集」は順番が逆

私は、

「早慶を受けるから、この問題集」

「東大を受けるから、このレベル」

という教材の選び方をあまりしません。

志望大学より先に見るべきなのは、

今、その生徒がどこまでできているのか

です。

MARCHレベルの問題がまだ安定して解けないなら、まずそこを安定させる。できるようになったら、その一段上へ進む。

その方が結果的には速い。

数学は積み上げる科目です。階段は下から登るしかありません。

本当は「この本を始めてよい条件」まで書いてほしい

だから私は、問題集には本当は、

この教材を始めてよい条件

まで書いてほしいと思っています。

例えば、

「標準的な典型問題をほぼすべて自力で解ける人向け」

とか、

「指定した問題集で9割以上取れるようになってから使用してください」

とか。

そこまで書いてあれば分かりやすい。

条件を満たしていれば始める。満たしていなければ、まだやらない。

それだけです。

ところが実際には、「難関大対策」「入試標準~発展」程度しか書かれていないことが多い。

だから、本来まだその段階ではない生徒まで手を出します。そして足踏みします。

良い教材とは、その生徒にとって適切な高さの階段である

前回書いた鉄緑会の話も、結局ここにつながっています。

鉄緑会は段差がかなり大きい。普通の生徒には大きすぎることがあります。

しかし最上位層なら、自分で不足を補いながら登れてしまう。だから成立する。

つまり、良い教材というのは、簡単な教材でも難しい教材でもありません。

その教材が想定している生徒にとって、階段の高さが適切であること。

私は、これが一番大切だと思っています。

(ただし鉄緑会については、教材そのものがかなり詰め込まれていてレイアウトも良いとは言いにくく、正しい順序で学習しづらい構成になっています。そのため、最上位層に噛み合っていることとは別に、教材単体としてはやはり良い教材だとは評価していません。)

では、この考え方で見ると、簡単な問題から難問まで「全部載っている」問題集は、本当に良い教材なのでしょうか。

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この記事を書いた人

開成中学・高校を経て東京大学へ進学。現在は高校教員として数学・物理を中心に教え、進路指導も担当。

指導の中心は偏差値50前後の生徒ですが、これまで偏差値30程度から70程度まで、幅広い学力層の生徒を指導してきました。通常の授業に加え、希望者向けの応用授業も担当しています。

大切にしているのは、生徒個人に合った勉強法や教材を考えることです。

※このブログは所属先とは関係のない個人ブログです。

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